大阪高等裁判所 平成6年(ネ)612号 判決 1994年9月16日
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、金九八万六二九〇円及びこれに対する平成五年七月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
四 この判決の二項は仮に執行することができる。
理由
第一 控訴の趣旨
主文同旨
第二 事案の概要
次のとおり補正するほか、原判決「第二事案の概要」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。
一 三枚目表一一行目の「約定担保権」を「担保権」に、五枚目表七行目の「本件」を「原審」に改める。
二 三枚目裏八行目冒頭から四枚目表二行目末尾までを次のとおり改める。
「(一) 被控訴人が本件手形を破産会社から預かつた事実経過は次のとおりである。
(1) 破産会社は、三月二四日、被控訴人(江坂支店)に対し、本件手形を含む三通の手形の割引を申込み、本件手形を交付した。
(2) 被控訴人は、本件手形を除く二通については即日割引を実行して割引金を交付したが、本件手形については、信用照会の結果を見てから割引を実行することを承諾して本件手形を預かつた。
(3) 信用照会の結果は即日夕刻に判明し、翌日朝に割引を実行する予定にしていたところ、翌日朝、決済見込のない破産会社の振出手形が交換から回つてきたため、割引の実行を見送つた。
(二) 右のとおり、被控訴人は、破産会社との間で信用照会の結果を条件として割引を行うとの契約を締結し、右商行為によつて本件手形を預かり、その占有を開始した。
(三) 被控訴人と破産会社との商行為によつて生じた四〇〇〇万円の貸付金債権の弁済期が三月三一日到来した。
(四) よつて、被控訴人は、同日、本件手形について商法五二一条の留置権を取得した。
(五) 本件手形が、単に信用照会を目的とした交付であつたとしても、このような手形の寄託は営業に関する行為として商行為というべきである。」
三 四枚目表三行目冒頭から同七行目末尾までを次のとおり改める。
「2 特別の先取特権者としての留置的抗力(抗弁)
仮に、破産会社の破産宣告により、被控訴人の商事留置権が破産法九三条によつて特別の先取特権とみなされ、留置権としては消滅するとしても、特別の先取特権者は、別除権者として破産手続の外でその権利行使ができるのであり、その権利行使を行うまでの間は、目的物の占有を継続する権利を有する。
したがつて、被控訴人が控訴人からの本件手形引渡請求を拒んだことは正当である。」
四1 四枚目表一一行目の「一九五条」の次に「または一九〇条」を加える。
2 四枚目裏五行目末尾の次に改行のうえ、次を加える。
「銀行取引においては、商事留置権の発生は常時のことであり、本件約定書はかかる実情に基づいたものであり、本件約定書の四条三項の『担保』には、商事留置権や特別の先取特権のような法定担保権も含むと解すべきである。また、同四条四項は、担保権を有しない場合ですら銀行の占有する手形等の任意処分を容認する約定なのであるから、ましてや担保権を有する場合には当然に任意処分を容認する約定である。」
五 五枚目表二行目の「一項」を「一号」に、同四行目の「三項及び四項」を「二号及び四号」に改め、五枚目裏一〇行目末尾の次に改行のうえ、次を加える。
「三(1) 破産法九三条により特別の先取特権とみなされた権利者は、その抗力として、目的物が動産であるときは、法定の競売(民事執行法一九〇条)ができる地位にある。したがつて、目的物の返還義務は、破産管財人からの返還請求によつて顕在化し、遅滞なく目的物につき競売の申立をなすべきであり、これを怠るときは返還義務が確定的になるというべきである。
(2) 本件において、四月一五日破産宣告がなされ、控訴人は、五月一二日ころ、被控訴人に対して本件手形の返還を請求した。しかるに、被控訴人は、返還請求を受けた当初から、競売申立の意思はなく、本件手形の支払期日(六月一〇日)に取立する旨明言していた。そして、被控訴人は、本件手形の支払期日に取立て、取立金を自己の債権に弁済充当した。
(3) 右の事実経過からすれば、本件手形の支払期日より前に、被控訴人の本件手形返還債務は確定的になつていたというべきである。」
六 六枚目表一行目冒頭から同八行目末尾までを次のとおり改める。
「(一) 本件約定書四条三項の『担保』には、約定担保権を意味することが明らかな同条一、二項の『担保』の文言を受けていることや、通常、債務者が法定担保権について事前に包括して銀行側に任意処分を認める意思を有しているとは解されないことからして、商事留置権や特別の先取特権のような法定担保権は含まれないというべきである。
(二) 同条四項は、手形等を適法に占有する銀行につき、占有者の立場で占有物を任意処分する権利を認める約定であり、破産法二〇四条一項にいう任意処分権について定めたものでなく、別途法定担保権を有していても、本条項をもつて法定担保権の権利行使方法としての任意処分権を認める約定とはいえない。
この単なる占有者としての任意処分権は、破産宣告により消滅するか(最高裁昭和六三年一〇月一八日第三小法廷判決)、消滅しないとしても占有者は右任意処分権をもつて破産管財人に対抗できない(名古屋地裁昭和五四年二月二七日判決・判例時報九三六号一一四頁)というべきである。
第三 当裁判所の判断
一 商事留置権について
前記争いのない事実2と《証拠略》によれば、被控訴人の主張1(一)の各事実が認められ、これによると、被控訴人が本件手形を占有するにいたつたのは、信用照会により決済見込が確認できることを停止条件とする手形割引契約が破産会社との間で成立したことによるものであり、控訴人は、商行為によつて本件手形を占有したものと認められる。そして、前記争いのない事実5、6のとおり、四〇〇〇万円の貸付金債権の弁済期が三月三一日に到来したのであるから、被控訴人は、同日、本件手形について商事留置権を取得したものと認められる。
二 破産宣告と本件手形の留置的効力について
1 被控訴人が本件手形について有していた商事留置権は、破産会社が破産宣告を受けたことにより、特別の先取特権とみなされる(破産法九三条一項)。
一般の留置権は破産手続上その効力を失うとされているが(同条二項)、商事留置権は、商行為に基づくもので特にその担保力を尊重する必要から、特別の先取特権としての効力が付与されたものであり、この場合、留置権としての効力は、原則どおり失効したものと解するのが相当である(なお、会社更生法では商事留置権も更生担保権とされており、同法一六一条の二第一項はその関係から規定されたものであつて、右条項のような規定が破産法にないことをもつて、破産手続上、商事留置権の留置的効力が存続すると解することはできない。)
2 被控訴人は、特別の先取特権を有する者は別除権を行使するまでの間、目的物の占有を継続する権利を有する旨主張し、これに対し、控訴人は、特別の先取特権を有する者は破産管財人からの目的物の返還請求後、遅滞なく別除権を行使(民事執行法一九〇条の競売)すべきであり、それを怠るときは返還義務が確定的になる旨主張するので、この点につき判断する。
(一) 前示のとおり、商事留置権は、破産宣告により特別の先取特権とみなされ、留置権としての効力を失うことから、目的物に対する留置的効力も失うものと解される。
(二) 特別の先取特権を有する者は、別除権を有し、破産手続外で競売を申立てることができる地位にあるが、破産管財人には、破産者の有していた財産を破産財団として管理、換価する職責があることから、破産管財人から目的物の返還請求を受けたときは、別除権を有する者は速やかに別除権を行使すべきであり、それをしない場合は、目的物を破産管財人に返還する義務があるというべきである(破産法一四三条一項四号、四項、一九五条、一九七条一四号、二〇三条参照)。
(三) 本件においては、前記争いのない事実4と《証拠略》によれば、控訴人の主張1(三)(2)の事実が認められ、これによれば、被控訴人は、控訴人から本件手形の返還請求を受けたが、その当初から競売申立の意思がなかつたことが明らかであるから、その時点で控訴人に対する本件手形の返還義務が確定したものと認められる。
(四) よつて、控訴人からの本件手形の返還請求に応じなかつた被控訴人の行為は違法である(被控訴人の任意処分権については次項で述べる。)。
三 被控訴人の任意処分権について
1 本件約定書四条は、債務者から差し入れられた担保の取扱い、並びに担保物件以外のものが実質的に債務の担保として取り扱われることに関する特約であり、三項は、一項(担保提供義務条項)、二項(共通担保条項)を受けて規定されており、三項の「担保」には、約定担保権のみが含まれ、特別の先取特権のような法定担保権は含まれないものと解される。
同条三項の「担保」に法定担保権も含まれるとすると、優先弁済権を有するにすぎない特別の先取特権を有する者に過分の利益を得させる結果となり、不合理である。
2 本件約定書四条四項は、銀行が占有している動産、有価証券がある場合に、商事留置権の有無にかかわらず銀行においてそれを取立あるいは換価し、債権の回収にあてられるように銀行に取立、処分権を与えたものであり、動産等について、債務者の債務不履行を停止条件とする約定担保権を設定する趣旨の定めではなく、銀行の取立、処分権の根拠は、債務者からの委託である。そうすると、債務者の破産により、右権限は消滅すると解されるから(民法六五六条、六五三条、なお、控訴人引用の最高裁昭和六三年一〇月一八日第三小法廷判決、民集四二巻八号五七五頁参照)、同条項を根拠に本件手形について、破産法二〇四条一項にいう任意処分権があるとする控訴人の主張は採用できない。
四 以上のとおり、被控訴人が控訴人からの本件手形の返還請求を拒否し、本件手形を法定の手続によらず任意に処分して、その代わり金を破産会社に対する貸付金債権の回収のために充当したことは違法であるといわざるを得ず、それによつて破産財団が被つた本件手形金相当額の損害につき、被控訴人に損害賠償義務があると認められる。
五 相殺について
被控訴人の相殺の主張は、不法行為に基づく損害賠償請求権を受働債権とするもので民法五〇九条により許されず、被控訴人の右主張は失当である。
第四 結論
以上のとおり、控訴人の請求は理由があり認容すべきである(訴状送達日の翌日は平成五年七月一五日である。)。
よつて、本件控訴は理由がある。
(裁判長裁判官 中川敏男 裁判官 北谷健一 裁判官 森本翅充)